Repeating

Takahiro Ueda

上田岳弘

そのエリアを父さんは、絶対領域と呼んだ。自分で呼ぶだけにとどまらず、僕にもそう呼ぶことをすすめた。強要した、というほど強くはない。お願いすると、懇願するのちょうど中間くらいの態度。
絶対領域は、父さんが研究者として勤める大学の敷地の一部だった。もっとも広大な敷地を持つ大学のことだから、敷地内とはいえほとんど遊興地の、さらに隅っこの一角で、グランドですらなく、まばらに木の生えた林みたいな場所だった。だから、封鎖されてしまっても特に問題はなかったのだ。
その場所が封鎖されるきっかけになったのは、大学生のカップルが見つけたものがきっかけだった。
「モノリス、つまり石板だよ」
父さんはそう説明した。その大学生カップルが発見した石板。天然の岩ではない、明らかな人工物。
「古いSF映画でみかけるような、曰くありげな石板だよ、」と父さんは言ったけれど、僕は生まれてまだそんなに多くの映画を観たわけではない。ぽりぽりと鼻の頭を書きながら父さんは続ける。「誰も読み取ることができない字でも刻まれてれば完璧なんだけれどね。けど、そうじゃないからこそ真実味があるなと今なら思うね」
大学生の恋人同士がそこで何をしようとしていのかくらい、僕にだって想像がつく。二人で一緒にいる時に発見したということにしないことだってできたはずだ。けれど、彼女(つまり、カップルの女性の方)はそれどころではなかったのだ。
木々の中、無造作に置かれたような石板に彼女は手をかけた。その石板はちょうどいい高さにあった。手を触れた瞬間に、この世のものとも思えない叫び声を彼女は上げる。それは四方に鳴り響き、その声に気付いてやってきた教授の一人に、彼女は気絶していたところを発見された。男の方はただおどおどするばかりだった。

「そのモノリスと彼女は会話をしたと言うんだ」
事情を聞いた職員は、最初彼女が狂ってしまったんだろうと思っていたそうだ。

******

青い石板へと向かって歩きながら、父さんは自分の研究の話をした。外国の研究所と共同でやっているAIの研究についての話。そのメンバーにはイギリスのなんとか教授職の人もいるとかどうとか。その話を聞くのは多分5回目だ。レンブラントの新作絵画や、モーツァルトの新作楽曲を作る研究からはじまって、AIに自我を持たせられるかどうかに挑戦している。
「もっとも仮に彼らが実際に自我を持ったとして、そうであると我々が認識できる保証はないわけだね」
木々の合間に、幼児の背丈ほどの大きさの石が見えてくる。遠くからでは天然の石とも人工物とも判別がつかないけれど、近づくにつれて人の手が入っているものにしか見えなくなる。
「さあ、その石に触れろ。でなければ帰れ」
そう言って、父さんはまた鼻の頭をポリポリと書いた。「ゲンドウくんなら、そう言うんだろうけどな」
ゲンドウくん、とは父が若い頃にハマっていたアニメに出てくるキャラクターだ。彼はなんでもそのアニメで例える癖がある。IQ200を超えるクセに、どこか子供っぽさを残している。—「父さんはいつまでも子供だから、あなたが代わりにどんどん老けていく」去年家をでて行った母さんの声が頭に響いた。いや、出て行ったのではなくて、父さんと母さんはちゃんと離婚したのだ。

その石板を発見して初めて触れた女性は石板と対話したという彼女。狂ったわけではなかった。彼女にしか聞こえなかった石板の声が他の学生でも聞き取れることが発覚した。けれど声を聞き取るのには一つの条件があった。それは、二十歳を越えないこと。
「私たちは成長すると頭が良くなると思っている」彼女は確信を込めた声で言ったそうだ。「でも、そうじゃない。私たちは生まれた頃は皆天才だった。すべてのことがわかっていた。言葉を発せずにこの世界と、この世界以外のすべてを理解して、全的に受け入れることができた。成長するごとに私たちはそれをそぎ落としていってしまう。そんな風にしてしか生き残れない社会をせっせと構築してしまった。そしてそれは間違いだった。大きな間違いだった」
すっかり石板の代弁者となった彼女は言う。石板は未来の世界、完成された=終わった世界からやってきて、石板がやってきた未来の終息へと行き着かないように、タイムワープして過去に戻り、僕らの時代の人びとに示唆しようとしている。この動きは初めてではなかった。何度も繰り返しているとのことだった。今僕の目の前にあるのは青く光る石板だけど、その前は赤い石板だったそうだ。赤い石板は赤い石板で人々に終末を回避するように示唆し、事実その未来は回避されたが、今度は別の形でやはり世界は終息を迎えたそうだ。その未来を回避するために、青い石板はやってきた。
「何度も繰り返し得ているのよ、終わりを。けれど私にわかるのはここまで。石板はもっと、、、、、
頭のいい人と話したがっている。私にはもう何も語りかけてこない」
僕は石板へと手をかざす。光っているが熱はない。手のひらを石板へと下ろす。ひんやりとした感覚。僕は何となく目をつむる。
—-何も話しかけてこないな。
そう思って、手を離しかけた時、声が僕に伝わった。いや、それは声ではない。空気はふるえていなかったし、耳から聞こえた感じがしなかった。でも確かに声がする。これは、自分の心の声に近い。
「まだしも君は年を取っていないね。確かに。けれど私が話しかけるべきは君ではないな」声は言う。でも僕の心の声のわけがない。だって、こんなこと僕は考えていないから—-「もっと幼くて、頭のいい存在が必要だ。けれど、まだしもだから、一応ヒントだけはあげよう。

一つ。世界の終わりは避けることはできる。

一つ。でもそれは、この世の存在を自分の益のために従属させようとする限り不可能である。

一つ。社会で過ごす術を持ってしまったなら、もう私の真意は理解できない。

一つ。この言葉の五段階積分した言葉、それが最初の挨拶だ。

一つ。色を色と認識してはもう駄目だ。

一つ。音を音として認識してはもう駄目だ。

一つ。数字を数字として認識してはもう駄目だ。

一つ。私と話し合える自我はおそらく自我とすら認識できないだろう。
これらのことを、もっと、頭のいい者を連れてきたまえ。
私たちの意図をより深くくみ取れるものを。
それによって、未来の終息はそれによって避けられる。

最後に、私からのギフトをあげよう」

—–その声と同時に、僕の頭の中が真っ白になる。匂いを感じる、その匂いは僕を安心させる、僕は柔らかいものに包まれている、どこか遠いところに光があって、それはとてもとても遠くにあるけれど、それが自分と深く関係しているのだとわかる。

繰り返している、繰り返している、繰り返している。そんな声が僕の周りに渦巻く。これは確かに僕の記憶だ。快も不快も、怒りも悲しみもなくて、ただひとつの名状しがたい感情と僕とが一体だった時、つまりはとても頭が良かった頃の。僕は石板の言う「頭がいい」、がどういうことなのか理解する。けれど、僕はそのことをうまく説明できないことも同時に理解している。

「これは説明できないことなのよ」母さんは、出て行くときに、僕の頭を撫でながら言った。「私は貴方のことを愛しているし、お父さんのことだってそう。でも出ていかなければいけないの。そうでなければ私は、あなたとお父さんとが作り出す幸せを自分の手でたたきつぶしてしまうから」

この領域の中で、僕は母さんのその時の感情を理解している。でもここを出てしまうと、きっと僕はそれを誰かにうまく伝えることができないだろう。
なぜかしら僕にはそのことがわかる。